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東京高等裁判所 昭和59年(く)161号 決定 1984年7月23日

少年 S・R(昭四一・一一・七生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年が提出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

少年の主張は、要するに、自分を中等少年院に送致した東京家庭裁判所の処分は不当であり、中等少年院に送致するとしても短期処遇の少年院に送致すべきである、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を検討すると、本件は、少年が本年六月三日都内のデパートで定価九八〇〇円のビデオテープ一個を万引した事案であるが、少年は、本年五月下旬にもビデオテープ四個を万引きしたことを認めているうえ、少年には、小学生のころから万引き等の非行があり、中学入学後も万引き、家出、怠学、深夜はいかい等の非行ないし不良行為を重ね、昭和五七年三月には通行中の女性から現金約七万円在中の財布をひつたくつて盗み、保護観察処分に付せられ、本件当時保護観察中であつたものである。

また、少年は、情緒面での発育が未熟であつて、精神的に不安定であり、自分に批判的な目を向けられたり干渉されると拒絶反応を示すなど自分本位で協調性、社会性に乏しく、そのために、高校に入学したものの心身症的な登校拒否状態となつて一年で中退し、その後飲食店、書店等でアルバイトをしたこともあつたがいずれも長続きせず、本件当時は専ら自宅にいて仕事にもついておらず、その非社会的、自閉的傾向はますます強くなつていたものであり、なお、少年には、少年鑑別所では夜間部屋の戸などを叩き、家庭では面をかぶつて父に素顔を見せないなどの異常な行動も指摘されており、また、少年の家庭では、少年の父は同人なりに少年の監護教育に意を注いできたのではあるが、少年は、以前から父に反発する感情が強く、そのことが少年を精神的に不安定にし、本件非行に走らせた一因になつているとさえ考えられ、母もまた仕事優先で少年とのふれあいを深めようとせず、少年の保護者には少年を監護する能力に乏しいことが明らかである。

以上の事実を踏まえて判断すると、本件非行はそれ自体としては比較的軽微な盗みであり、また、少年が主張するように、保護観察処分に付された後は右ビデオテープ四個を万引きするまで盗みをしておらず、悪の手引書やナイフは悪いことをするために持つていたものではないとしても、本件非行の根は決して浅くなく、また少年の性格や生活態度のかたよりは強いといわざるをえず、少年の保護者の監護能力に問題があることをあわせ考えると、この際、少年の再非行を防止し、少年の健全な育成を図るためには、少年を中等少年院に送致して少年に対し専門的見地からの教育を施し、少年の精神的な成長を図り、少年に協調性、社会性を体得させることが必要であり、以上のような少年の非行性や性格、生活態度のかたよりの程度から判断すると、右のような教育の効果をあげるためには少年を短期処遇を行う少年院ではなく一般の少年院で教育を施す必要があるものと認められる。

原裁判所は、以上の見地から少年を中等少年院に送致し、短期処遇が相当である旨の勧告を付さなかつたものであることは、その決定書に記載されているところから明らかであり、右判断は、少年鑑別所の鑑別結果及び家庭裁判所調査官の調査結果に照らしても相当であると認められる。

なお、少年は、本件については自分も悪かつたと反省しているが、親にも原因がある旨主張し、確かに右のとおり少年と少年の父との間の以前からの感情のこじれが本件非行の一因となつているとも考えられ、この点は今後とも保護観察所等を通して親子関係を中心とした家庭環境の改善、調整を図ることが必要であるが、少年を中等少年院に送致する趣旨は、右のとおり、少年の再非行を防止することにもあるが、より重要な趣旨は、将来のある少年が今後家庭や職場で円満な人間関係のもとに生きがいのある生活を送ることができるように、少年の精神的な成長を促し、協調性と社会性を体得させて少年の健全な育成を図ることにあるのであるから、少年が右の趣旨を十分理解し、自分自身のために積極的に少年院での教育を受けこれを十分活用し吸収することを、当裁判所は期待する次第である。

以上のとおりであつて、原決定に著しい処分の不当はなく、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項後段、少年審判規則五〇条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐々木史朗 裁判官 竹田央 中西武夫)

抗告申立書<省略>

〔参照〕原審(東京家 昭五九(少)八三六〇号 昭五九・六・二六決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、昭和五九年六月三日午前一一時四五分ころ、東京都中央区○○×丁目××番×号株式会社○○地下二階ビデオソフト売場において、A管理のビデオテープ一個(時価九、八〇〇円相当)を窃取したものである。

(適用すべき法令)

刑法二三五条

(中等少年院送致の理由)

少年は、中学時代児童相談センターに通告され、児童福祉司の指導を受けたことがあるのに家出し生活費に困り通行中の女性の財布などのひつたくり窃盗を犯し鑑別所に送致され、昭和五七年四月八日保護観察に付され、現在、その係属中である。少年は、前記保護観察決定直後私立高校に入学したものの当初から登校拒否状態が続き、結局昭和五八年三月ころ高校を中退した。その後少年は、飲食店、書店などで短期間アルバイトをしたほか自室でビデオテープを見ながら無為に過していて、ビデオテープ欲しさから本件窃盗を犯すに至つたものである。少年は、本件窃取後なにくわぬ顔で一階出入口を出ようとしたところ窃取を現認した係員に問責されるや逃走し付近のビル内に逃げ込んだが発見、逮捕されたものである。

少年は、神経質、過敏で対人不安が強く、情緒が不安定で社会性が乏しい。しかも、家族との関係が極めて悪く、母に対して暴力を振つたこともあり、父とは感情的こじれがひどく互に無視、軽蔑しあい、少年は父と対面する時は般若の面をかぶり素顔を見せないなど異常な行動をとつている。少年は、他罰的で、これまでの非行を含めすべて両親に責任を転嫁しているばかりでなく、鑑別所においても問題行動をおこし再三注意されるも改めず、かえつて指示に反発するなど内省も十分でない。

以上のほか、○○調査官の調査結果、鑑別結果通知書、審判にあらわれた少年の資質、環境、保護者の保護能力が乏しいこと等を考慮すること、この際少年を中等少年院に収容し矯正教育を施し情緒面の安定を与えるとともに社会性、勤労意欲を養うなど心身陶治の機会を与え健全な育成を図るのが相当である。なお、親子関係の改善については、父母に対するカウセリングなどによる働きかけが是非必要である。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 小林昇一)

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